愛をくれた人。

 

サロンのことにも、美容や健康のことにも関係ない話ですが

「愛をくれた人」シリーズとして

私の過去の思い出を綴っていこうと思います。

 

愛のエネルギーって、時空を超えると思いませんか?

ずっと昔にもらったものでも

その相手とは二度と会うこともなくても

 

こうして思い出すならば

愛のエネルギーが、今も、ちゃんと送られてくる。

というか、そこにある。のかな。

 

今日、お話するのは、私の中学時代のことです。

その頃に、私に愛をくれた人

「ジャイアンで変態だけど、私を守ってくれた人」です。

 


 

中学一年になって、間もないころに

私は、いじめられっ子になりました。

 

きっかけは、小学校から一緒だったIという

今思えば発達障害だった彼女が、ひどいイジメにあっているのを

私が、かばったことから。

 

イジメの主犯は、Yという男子。

このYには、誰も逆らえません。

スクールカーストの1軍のトップにいて

見た目も一人だけ完全に大人

怒ると殺されそうになるくらい怖かったので

男子は全員、Yに従っていました。

 

で、当時、学級委員として

学級会で名指しでYを注意した私は

その日から、Yの命令で、クラスの男子全員から無視をされるように。

授業中も、給食の時間も、私一人だけ席を離されて

ボツーンと。。離れ小島状態に。

机や教科書にラクガキされているのは、普通にあったし

書道や絵画の展示物は、破かれたり

貼り出された遠足の写真には、私の顔には、必ず画鋲がささってました。

 

女子は、無視はしないけれど、仲良くもしないって感じで

私が男子に無視や意地悪されていることには

見て見ぬふりで、誰も庇ってくれませんでした。

 

でも、なんだろ、、

その頃から、私は精神年齢がほぼ大人になっていたので

「毎日つまんないなあ」って思いながら

一人マイペースで行動していました。

誰も話してくれないなら、休み時間にも勉強をして

常に、学年で1.2位の成績をとっていたし

部活(ソフトボール)もやっていたので

クラスの人間には、あまり執着がなかったというか。。

 

でも、クラスの人間に執着はなくても。。

 

毎日毎日

「ブス」や「キモゲ、キモゲ」

(もてぎという名とキモイをアレンジしたらしい)

と言われて

地味に傷ついていたと思います。

 

毎日、ネガティブな言葉を浴びせられていると

そのたびに、命は傷ついていくし

潜在意識が、マイナスな暗示にかかってしまうんですよね。

 

「私って、ブスなんだ。。キモいんだ。。」

と暗示にかかってしまい

外見や存在自体に、自信がなくなっていき

自己価値がダダ下がりになっていたことは確かです。

 

 

でも、その頃の、そんな私を

ただ一人、「好きだ」といってくれた人がいました。

今思えばだけれど

体を張って守ってくれていた人が、いたのです。。

 

当時は、彼が守ってくれているなんて、気付けませんでした。

私が幼かったから。

 

彼とは、つきあってもいないし、好きでもなかった

むしろ、怖いと思っていた。

そんな存在だった彼がくれた、愛。

 

付きあってもいない、好きでもなかったのに

今でも思い出す、彼の愛。とは。。

 


 

その彼は、勝といって

見た目は、ドラえもんに出てくる、ジャイアンそっくりでした。

声やしゃべり方も似ていた気がします。

 

勝は、他のクラスの子でした。

私たち世代は、ベビーブームの最後のほうで

1学年12クラスあって、ひとクラス40名以上。

 

私は12組で、勝は10組だったような。。

 

この勝がね、、

中一にしては、ぶっ飛んでる変態だったのです。

 

休み時間には、股間をブルボッキさせたまま

うつろな目をして、廊下を徘徊するのです!

または、テント張ったまま

廊下に足を投げ出して座って、女子が通れないようにしたり。

 

そのくらい変態だったので

イジメの主犯のYも、勝のことは放置していて、支配下に入れてませんでした。

(Yは他のクラスでも、学年全体でも恐れられていたほどスクールカーストのトップのトップにいたってこと)

Yの支配下にもいない、勝。

 

誰にも従わず、誰かを従えることもなく

いつも一人で堂々としていたのでした。

 

当時の私は、もちろん、まだまだウブだったので

股間ふくらまして、ウロついている勝が

怖くて仕方ありませんでした。

廊下で見かけたら、すぐ逃げて隠れたくらい。

 

でも、どうしても、用事があって

彼の前を通り過ぎないとけない時もあって。。

 

勝は、私を見つけると

一目散に走ってきて、抱きつくんです。

不意をついて、後ろから走ってきて、抱きつかれたことも度々。

 

もう怖い!大嫌い!

って思ってました。

 

 

でも、ある日。。

 

 

いつものように、勝が私に抱きついて離れないでいる最中に

私のクラスの男子が彼に言ったんです

 

「おい、こいつキモゲだぜ!汚くないのかよ!」

って。。

 

すると、勝は

1組~12組の長い長い廊下中に

響き渡るほどの大声で

こう言いました

 

「なんで??こいつすげー可愛いじゃん!」

「俺、こいつが一番いい!!」

「大好き!!!」

 

と。

 

「お前ヘンなのー!」と言われても、まったくお構いなしの勝。

 

 

また、これも今思えばなのですが

彼は、私に抱きついてはいても

胸やお尻を触ってはいなかったのです。。

股間をあててもいなかった。。

 

守ってくれていたのですね、たぶん。

いや、きっと。

 

 

そんな勝に、守られた

思い出深い出来事が、もうひとつあります。。

 


 

「秋のイモ煮会」という行事がありました。

学校の近くの河原で

班ごとに、イモ煮汁を作って食べるという。

 

でね

私の班のイモ煮汁、男子が食べてくれなかったのです。

「キモゲが作ったからバイキンが入ってる」って言って。

 

だから、お鍋半分残っちゃって。

女子だけで、静かに、食べていたところに。。

 

 

「おー!すげーうまそーーー!!!」

と言いながら、勝がやってきました。

 

「これ、もてぎが作ったんだ?すげーうまそーーー!!!」

「食っていい?」

 

といって、残っているイモ煮汁を食べてくれたの。

 

「うめーーー!!!」

「俺の班のやつより、うめーーー!!!」

 

と言いながら、ものすごい勢いで

残っているのを、全部平らげてくれたのです。。

4.5人前はあったような。

 

いくらガタイのいい勝でも、食べ過ぎたのでしょう

最後のほうは、口数が少なくなってきて、ペースが落ちてきて

冷汗かきながら。でも、全部食べてくれたのです。。

 

 

その時は、さすがに、その場で気付きましたよ

彼の優しさに。。

 

本当に、嬉しかった。

 

 


     

その時、相手がくれた愛のエネルギーは

こうして思い出すだけで、今も届くのです。

 

事情があって、お別れした人

この世にはもういない人

 

二度と会うことはなくても。。

その人からもらった愛は、時空を超えて、届いている。

 

あなたにも、そんな人がいますか?

 

思い出して、ありがとうって、言ってみませんか。

 

きっと、届くから。

 

 

(次回は、亡くなった父親の「刑務所からの手紙」について書けたらなと思っています)