慈愛の世界。

 

川口市東川口/東川口駅徒歩7分/女性専用リンパマッサージサロン ワンネス東川口でっす!

秘密のお花見スポット🌸に行ってきました
ここは人がほとんど通らず
風にそよぐ草木の音と

鳥の声だけが聴こえています

 

この樹とコンタクトしたら
「人間のおじいさんがずっとお世話してくれて
何度も再生したんだよ
人間も何度でも再生できるよね

あなたもそうだったよね」
と話してくれました 

無条件の愛をこの樹に送ったところ
「触れてみて」と言われて
木の幹に触れたら、、
なんとも言えない優しさというか
「慈しみ」が伝わってきて

ここを訪れる人間を
こんな気持ちで迎えてくれているんだと
わかりました

 


「あり方」を考えるとき


行動をおこす

その動機によって、現れる現実は変わってきます

 

動機とは「どんな思いを元にそれをするのか?」

つまり、やり方ではなく「あり方」によって

現れる事象は変わってきます

 

例えば、マスクをつけるのでも

 

「やだなあ」といった不安からか

「うつってたまるか!」といった攻撃

「みんながやってるからつけなきゃ」といった義務

 

「周りの人への思いやり」といった

 

同じひとつの行為でも

その動機、「あり方」はそれぞれ違うんですね

 

     


今の自分の「あり方」は?


「あり方」を変えることはできますよね

 

前述した、マスクの件でも

「思いやり」と思ってつけるだけ、それだけの違い

 

もう誰かに自分を変えてもらうのを

待っている場合ではありません

もちろん、他人を変えることもできません

 

自分から、変えていきませんか?

その「あり方」を

 

今、これだけ混乱した状況だからこそ

一人ひとりが

自分の「あり方」を変える

今が、その時なのだと感じています

 

 

人間は長いこと「不安と恐怖」に支配されてきました

それらを元に、全ての行動を起こしてきた

といっても過言ではありません

 

死にたくないなら、これをやれ

貧乏になりたくないなら、勉強して大学に入れ

食いっぱぐれないように、就職しろ

一人で生きていけないから、結婚しなきゃ

 

何をするのも、選ぶのも

その動機には

不安や恐怖が元にありませんでしたか?

 

政治や商業、教育も

不安と恐怖を煽って行われてきました

 

私たちにセットされている不安と恐怖が

いま、どれだけ発動させられているか

みなさん、よく分かりますよね

 

でもね、これが最大になり、出きってしまったとき

一掃されていくかもしれません

 

 

さて、今、あなたは

どんな「あり方」を選択しますか?

 


慈しむ。


私の中で、今年に入ってから

頻繁に出てきているワードが「慈しむ」「慈愛」です

 

もし、あなたの起こしている行動が

不安や恐れを元にしているなと気付けたら、、

 

その次の瞬間に

「慈愛」を元にして、何か行動してください

すると状況が変わってきます

 

 

「慈愛」「慈しむ」ってどんな気持ちでしょうね?

考えたことありますか?

 

似たようなのだと

「思いやりをもつ」とか「大切にする」

といったものかもしれません

 

人って、相手を思いやってるようでも

「こう思われたい自分」がいたり

「相手にこう変わって欲しい」って思いながら

何かしたり言ったりしてますよね

 

根底にコントロール、エゴといったものがあるんです

 

そういう行為は

自分も相手も苦しくなっていくんです

仕事でも、家庭でも、恋愛でもそう

 

エゴやコントロールがなく

ただ相手を大切に思って

ただ相手を信じて

ただ相手のために行動する

そんな感じが、慈しむかな、、

(言葉にすると軽くなってしまうなあ)

         

信じているというのが、大きなポイント

 

今見えている相手のその姿ではなく

その人の本質の姿を見て、信じる

 

そこがができるようになっていったら

もっと楽になりますよ

こういっても、何言ってるのか分からない人も多いだろうし。なんとなく分かるけど、、という人もいるでしょうし。それでもいいかなと思って発信しています。そして私だってまだまだ分かってないかもしれません笑

 

 


「慈愛」をくれた、見知らぬ人々


2016年の夏に、足首を骨折して、手術・入院しました

術後2か月は松葉杖生活になりました

 

ある日、税金や保険の支払いをしなくてはななくて

コンビニに行くことに決めました

健康な脚なら、片道3分のコンビニですが

松葉杖だと、30分はかかります

(まだ折れた足を地面につけることもできなかった時です)

それも、健康な人が30分歩くのと、松葉杖で30分歩くのでは

体力の消耗度合い、困難さが、全く違います

ちょっとした段差、小石などで、グラつくので転倒しかねません

 

それだけでなく、猛暑の8月

両手が塞がっているので、日傘もさせません

でも支払いしないといけないから

思い切って外に出ました

リュックを背負って、一歩一歩

すぐに腕が痺れ、手のひらも痛くなるので

途中で止まりながら

「コンビニ着いたらアイス食べる!」

と決めて頑張りました

 

その往復の中に、この東川口の街で

私は見知らぬ人から、慈愛をもらいました

 

 

私の横を通り過ぎた自動車が

速度を落として、ちょっと先で止まりました

そして、車から女性が下りてきて

「大丈夫ですか?乗っていきますか?」

と声をかけてくれたんです、、

 

コンビニはもう目の前だったので

お礼だけ言いました

その気持ちが本当に嬉しくて

私の全身の細胞が喜んで、一瞬で疲れが吹き飛び

元氣になっていくのを感じました

 

そのあと、しばらく

その場で立って息を整えていたところ

若いママが、前からママチャリで走ってきました

邪魔かな?と思ったけど、咄嗟によけることもできず

そうしたら、、

 

私の横を通り過ぎた若いママは

キキーッ!とチャリを止めて戻ってきて

「大丈夫ですか?荷物だけでも運びましょうか?」と、、

リュックにはお財布しか入っていなくて軽いので

またお礼だけ言いました

 

 

コンビニで支払いを済ませ、待望のアイスを食べて

家に戻ることにしました

「いい運動になるし、暇なんだからゆっくり行こう」

そう思いながら

汗ダラダラになって、松葉杖で進んでいたところ

 

反対車線を走っていた車が止まって

ご婦人が車から降りて

わざわざ道路を横断して、私の傍まできてくれて

「どこまで行くんですか?送りますよ」

と声をかけてくれました、、

 

これもお礼を言って断ってしまったけれど

(たぶん松葉杖であと10分、車で30秒の距離)

たとえ超近くでも、親切なお心をちゃんと受け取って

送ってもらったら良かったなと

今になって思っています

 

この三人の見知らぬ人たちに

私に対するエゴやコントロールの意識は微塵もありませんよね

これが「慈愛」に近いものだと感じます

     

 

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あとね、、去年の夏の大型台風のときのこと

 

あの時も、パニックになりましたよね

窓にテープ貼ったり

電気や水道が止まると言われて

スーパーからものが無くなって

 

あの時、台風が上陸する前に

私は、薬局に買い物に行ったのですが

知らないおばあさんが、レジで私の前に並んでいて

仏壇に使うような蝋燭をひと箱買っていたんですね

 

小さな小さなおばあさん

お財布から上手く小銭が出せなくて

会計にも時間がかかります

その姿を見ていて

「一人暮らしなのかな?」

「てか、蝋燭?懐中電灯じゃなくて?」

「停電したら蝋燭でなんとかしようとしてるの?」

「お金が無いのかな?それとも懐中電灯売ってるの知らないのかな?」

 

やっと会計が終わったとき

おばあさんが手に持った蝋燭の箱を落としてしまって

パリンと割れた音がしました、、

店員さんが「大丈夫ですか?」と聞いたけれど

おばあさんは、静かにうんうんと頷いて

箱を拾って、帰っていきました

 

私もレジで会計を済ませて

家までの帰り道

あのおばあさんのことを思い

「もし自分の母親だったら、、」と思ったら

胸が苦しくなってきて、泣けてきました

 

私だって一人暮らしで心細いのに

台風の中、あのおばあさんはどんなに心細いだろう、、と

 

今でも後悔しています

声をかければ良かったと

 

「近所の方ですか?お一人ですか?」

「困ってることはないですか?何か手伝いましょうか?」

と、声をかければ良かった

それを受け入れるか断るかはどうでもいい

 

「自分を氣にかけて声をかけてくれる人がいる」

それだけで、人は元氣になれるから

 

 

困っていそうな人がいたら

声をかける

手を貸してあげる

自分がもっているものを分けてあげる

 

暗く沈んでいる人がいたら

目を見て笑顔で挨拶してあげるだけでも

それだけで救われる人がいます

(私が救われた経験があります)

 


それと、冒頭で話した、行動の「動機」

     

マスクをつけるのも

周りへの思いやりと思ってつける

 

信号を守るのも

車を運転する人たちが安心して走行できるようにと思って待つ

歩行者が安全に渡れるようにと思って車を止める

 

普段、当たり前にやっていることの

その動機を

「思いやり」「慈愛」に変えて、やってみる

     

いつもいつも、その気持ちでできなくても

思い出したら、その都度、切り替えていく

 

みなさんも、やってみてくださいね

 

 


まずは身体から。


身体や心が疲れていたら

他人への思いやりどころじゃなくなって当然、、

 

はい、ここでいつもの

「まずは身体から」

 

私がお手伝いしますので、ワンネスに来てください♡

 

万人にとって「身体が資本」

身体もメンタルも

健康であってこそ、なんでもできる!

 

 

身体を整えるために、できることは何でもしましょう

これは後回しにしてはいけません

 

後回しにしてる人は

パンクした自転車でヒーヒーいって走ってるようなもんです

おっそいし、疲れるし

自分の本来の力が数パーセントしか出せないような感じ

(治した時、あまりの快適さに、さっさと修理して空気入れれば良かったって思うよね)

 

全身の血液とリンパをしっかりと巡らせている体は

風邪もひかず、病気にもなりにくい

ウィルスは、鈍ってる、澱んでる身体が大好物ですからね。。

 

前回のブログでも言いましたが、日本人の入浴の文化って、めちゃくちゃ良い!って、改めて思います。みんな毎日お風呂に入ってるのって、日本くらいかもね

で、湯船につかるのが、また、一気に血液循環を良くして、体温を上げるので。結果、疲労の回復を早めて、免疫力を上げてくれる。もともと日本人は、清潔好きだしね。家の中では靴を脱いでいるのも、すごく良いですよね。

  

 

今日お話した「慈しむ」ということ

これが、どういう感覚なのか分からない方は、、

 

私の施術を通して

その感覚を身体で感じて頂けると思います

 

みなさん、私から

ただのマッサージが上手い人じゃない

それ以外に、何か感じるところがあって

会いに来てくださっていますよね?

 

私ね、お客様と接しているとき

「自分」がなくなるんです

 

お客様の話を聞いて

一緒に泣いたり、一緒に怒ったり

お客様が不安になっている時、笑い飛ばしてしまったり

時には忠告したり

 

そして何より

施術中に感じていただいている深い安心感

触れられている感覚で理解してもらえるはずです

 

これやってる時って

「相手にこう思われたい」

「相手をこう変えたい」という気持ちが一切ないんです

それが私の言う「自分がない」感覚

  

マッサージでもね

クライアントを変えよう

例えば「なんとかしてコリを取る!」みたいな

やっつける意識(エゴ)でやると

受けてる人は「やられちゃう」ので

具合悪くなったり

無意識で体が抵抗して、後から余計に凝ったりします

 

私にある感覚は

ただ慈しむ、それだけです

もちろん施術中は頭を使ってテクニカルにアプローチしてますが

土台には目の前の人を「信じて」「慈しむ」思いがあります

 

こんなに素晴らしい体験ができるのは

私を信じて来てくれる

リピーター様がいてくれるからなんですよね

 

私のお客様に、、心から感謝しています

 

いつもありがとう。